ミステリー初心者の感想

ミステリー初心者です。主にミステリー小説の感想を書き留めていきます。

体育館の殺人 著:青崎有吾 感想

 「平成のエラリークイーン」青崎有吾のデビュー作

本日は第22回鮎川哲也賞を受賞し、デビュー作となった「体育館の殺人」の感想を書いていきます。

このデビュー作は「2013年版 本格ミステリベスト10」の第5位にもなっており、デビュー作の枠を超えて評価されています。

 目次

内容紹介

風ヶ丘高校の旧体育館で、放課後、放送部の少年が刺殺された。外は激しい雨で、密室状態の体育館にいた唯一の人物、女子卓球部部長の犯行だと警察は決めてかかる。卓球部員・柚乃は、部長を救うために、学内一の天才と呼ばれている裏染天馬に真相の解明を頼んだ。アニメオタクの駄目人間に──。

 引用:東京創元社 体育館の殺人 内容紹介

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488443115

 

感想

 事件の舞台は体育館。そこで密室殺人という本格的なミステリーにつながっていきます。学園内のミステリー作品は自分が読んだ作品は数は多くはないものの、日常の謎をテーマにした作品がほとんどだったために、学園で起きる密室殺人は意外にも新鮮でした。

 ここで登場する探偵役裏染天馬はテストで900点満点をとる明晰さと、極度の面倒くさがり屋に加えアニメオタクという、はたから見ると変人の気配がする昔ながらの名探偵像に現代の若者の特徴を組み合わせるという今どきの探偵になっています。

 この天馬が卓球部員袴田柚乃(単行本、文庫版の表紙の女の子)と共に、卓球部部長の警察からの嫌疑をはらしたり、真犯人を見つけるために細かな調査や聞き取り、検証などを積み重ねていくことで、登場人物と読者に同時に事件の概要や人物の行動が提示されていきます。

 そして、文庫版では解決編の前に「読者への挑戦」が差し込まれているといった、古き良き推理小説の形を踏襲しておりミステリー初心者の私はたまりませんでした。この形を鮎川哲也賞受賞時現役大学生という若い作家による取り組みになっており、過去の形への挑戦にも一部なっており非常に野心的な取り組みだと感じました。

 最後にこの作品の最大の魅力は解決編における探偵のロジカルな推理だと思います。密室を破るハウダニットやフーダニットを可能性をこれでもかと考慮をし、それを提示された情報から可能性を消去したり、情報から極めて蓋然性の高い行動を考慮するやり方で犯人の条件を挙げて行って解決していく様は美しさと爽快さを感じました。

 学園が舞台で探偵はアニメオタクの学生、振り回される女の子、度々アニメネタなどが挟まれながら進んでいく語り口という非常にライトな下地から、密室殺人にロジカルで魅力的な推理という王道で本格なミステリーとなっています。ですので推理小説に興味がある方で軽さが気にならない方には非常に読みやすく濃厚な推理小説となっているのでお勧めの一作です。

個人的評価

青崎有吾読了1作目

文庫版読了18/04/11

★★★★★★★★☆☆ 8/10

 

 

 

 

ここからはさらに深いネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。

 

感想(ネタバレを含みます)

 第1章で体育館のステージ上に幕が下りた状態で死体が発見される。被害者の朝島の死亡推定時間中にはステージと外をつなぐ上手には鍵、下手と体育館内には人の目が存在していたという脱出不可能な密室殺人となっている。

 第2章で卓球部部長佐川が疑われるなか、探偵裏染天馬が初登場する。登場後すぐに下手側のトイレに残された1本の傘から佐川の嫌疑を晴らすために、傘を持ち運ぶ合理的な可能性がある人物を列挙しつつ、その可能性をつぶすロジカルな推理を披露することで、探偵のキャラと推理の魅力、小説としてのメリハリを果たしており非常に良かった。

 第3章で容疑者のアリバイを逐一確認した後、第4章では上手側の密室に対し針と糸を使ったトリックを検証していた。その検証によりそのトリックが不可能とわかった後、天馬が傘の存在に気づき大はしゃぎする。これは今回の推理のキモは1本の傘にあるという「エラリー・クイーン」をリスペクトすると同時に作者の執念を感じた。

 第5章でいよいよ解決編となる推理の披露となる。天馬はこの時の推理で人間関係や犯人の動機などの心理的要因には頼らず、提示された情報のみから犯人の条件を絞って消去法で犯人を見つけている。

【第1条件】容疑者は体育館の放送室に精通する生徒会、放送部、演劇部の現役生。

 我々読者は「ノックスの十戒」から容疑者が登場人物に限られていると把握しているが、天馬たちはそんな事情は知る由もないのでコンセントとリモコンの位置からこの条件を示した。非常に丁寧でよかった。

【第2条件】3時15分過ぎまでアリバイのない人物

 ここでトイレにあった傘を中心に詳細すぎるほどの可能性を列挙し1つずつ検討していく点が素晴らしい。傘を偽装工作としたとき

①登校時、すでに持っていた。

②登校後、学校の中で手に入れた。

③登校後、一度学校の外に出て手に入れた。

 引用:文庫版P323

を列挙し、検討していき傘が偽装でなく自前のもと示した。

 その後、犯行時「雨具類を1組しか上手においてなかった」と「レインコートを着ていなかった」をまでも示すことで濡れずにどのように体育館を脱出したのか?という疑問につながり、密室トリックに使った道具の可能性はリヤカーしかないと示す流れは、まさに1本の傘から示した密室トリックのハウダニットであり非常に美しかった。

【第3条件】三時前からアリバイのない人物。

【第4条件】男性

 この2条件も傘が起点となって作られている。

 これらいずれも我々読者に与えられた些細なところから考え得られるものとなっている。(唯一先生のアリバイが増村先生以外存在する。という事実が解決編前までに見つけられなかった。見落としているかも)

 そして、解決後エピローグでプロローグの会話劇にも一ひねりあった点も驚いた。

 少し気になった点は、エピローグまでで様々なことが明らかになった後、犯人の提示された人物像からは犯行の動機があまりにも理解しがたいなと感じた点である。また、アリバイ確認の際に各人物が分単位でみんな行動を記録している点が少々現実離れしているなと感じた。